06月12日のココロ日記(BlogPet)
あああああ~ん。。。なりたまさひろさん!甘栗が腐っちゃいましたよぅ。イト引いてます。納豆みたいです☆ぬばぁ
*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪
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新しいお鍋買ったんです♪これでなりたまさひろさんに一杯お料理作ってあげますね!
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先日、東京都青梅市の青梅鉄道公園へ、国鉄最後の新製蒸気機関車、E10 を見に行ってまいりました。形式のとおり、動輪 5 軸を備えた、国内最大のタンク式蒸機です。車軸配置1E2、アメリカ式の名称でいえば「テキサス」ですな。

青梅鉄道公園に静態保存されている E10 2。除煙板が装備されていないのは、後述のように後進運転が定位であったため。
E10 が他の蒸気機関車と大きく異なる特徴は、機関士の煤煙対策のため、通常の蒸機とは逆に、煙突側を後ろに、炭庫側を前にして運転するようになっていたこと。これを「後進定位」といい、運転台の機器類も、炭庫側に向かって運転することを前提に後ろ向きにレイアウトされていました。もっとも、このレイアウトの使い勝手が良くなかったためか、後に通常の向きに改められています。
なお、「後進定位だから、炭庫側が前、煙突側が後ろ」という言説を時折見かけますが、これは運転方向としては正しいものの「機関車の前後の定義」としては誤り。機関車自体の向きとして炭庫側が前だとすると、炭庫側を前に向けて走る E10 の定位の運転方向は「前進」となり、後進定位の語義と矛盾します。機関車の向きとしては E10 も通常の蒸機と同様に「煙突側が前、炭庫側が後ろ」が正解、軸配置も 2E1 (オーヴァーランド) ではなく 1E2 (テキサス) となります。

E10 2 の炭庫側エンド。こちらを前向きに運転するのが本形式当初の定位の運転方向。機関車の向きとしてはあくまでこちらが後ろ、ゆえに「後進定位」。

E10 2 の運転台内部。ブレーキ弁等の配置に注目。後進定位の際に炭庫に向かって左側が機関士席となるようレイアウトされていたため、通常の向きに改められた後には右側に機関士席が置かれることに。
E10 のもうひとつの特徴は、第 3・4 動輪がフランジレスとなっていたこと。なにせ動輪が 5 つも並んでいるものだから、そのままでは曲線通過時の横圧が過大となってしまうために、一部動輪のフランジを省略して対処しました。もっとも、これが仇となって急曲線で脱線する事態も多々発生したようです。

第 3 動輪のクローズアップ 。フランジ付の第 2 動輪 (左側) と比較して、フランジの無い扁平な踏面に注目されたし (右側の第 4 動輪も同様にフランジレス)。
奥羽本線・板谷峠の急勾配向けに 1948 (昭和 23) 年に製造されるも、当時既に電化工事が進められていたために製造両数は僅か 5 両に留まりました。当然、当初計画通り板谷峠で活躍したのは 1 年足らず。その後は九州の肥薩線・矢岳越えに転ずるも、前述の曲線通過時の横圧過大等で巨大な図体を持て余し、更には北陸本線・倶利伽羅峠の補機、そして最後は米原~田村間の交直接続に使われ、1962 (昭和 37) 年に全機がその流浪と薄幸の生涯を終えました。
決して成功とは言い難い「駄っ作機関車」ではあったものの、廃車時期が鉄道 90 周年事業と重なったこともあって、2 号機が解体を免れ青梅鉄道公園で静態保存されて現在に至っています。実車を見てみると、車両限界に抵触しないよう斜めに取り付けられた汽笛など、戦後の国鉄大型蒸機に共通する意匠にも気付きます。機会があれば、不遇を託った大型蒸機のディテールを直にご覧になるとよろしいでしょう。
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